蟲食べる日々

昆虫食を中心に記事を書いていきます。

はじめに

はじめまして。信州大学にて「昆虫の食用利用」について研究しようと志す「蟲助」と申します。よろしくお願いします。

今後は昆虫食を中心として記事を作成していこうと思っておりますので、是非是非昆虫の魅力を味わっていってください!

 

さて、今回の記事ですが、タイトル通りの初投稿です。ブロガーとしての処女作というわけですね。緊張せざるを得ません。

一体何から書き出そうかしらん、と思っていたのですが、やはりここは初めてのブログ活動ということで、僕、蟲助の自己紹介をしようと思います。

 

1.昆虫食に目覚めるまで

まずはじめに断っておきたいのですが、僕は元々、昆虫を食べる文化のない地域で生まれ育ちました。18歳までは昆虫を食べたことは一度たりともありませんでした。

このブログを見てくださっている方々の(おそらく)ほとんどと同じで、昆虫を好んで食べようとは夢にも思っていませんでした。

ただ、今になって振り返ってみれば、小さいころ(幼稚園児ぐらい?)に祖父母のもとに遊びに行っていたのが昆虫を食べ物として見る原体験だったのかなと思います。その日、僕は酷暑の中祖父に連れられて祖父母宅付近のちょっとした雑木林に入り、蝉取りをしていました。僕は手に虫網を持ち、肩からは虫かごをかけ。対する祖父は普段と変わらぬ姿で。各々、鬱蒼とした木立に紛れ蝉取りに興じておりました。自分が網をふるっては蝉に逃げられ、尿を散らされる有様なのに対し、祖父はそっと蝉に忍び寄っては素手でひょいっと事もなげに蝉をとらえる。その掌からはジージーという鳴き声が止まなかったものです。

祖父はしばしば、ニヤリとして捕まえた蝉をほれ、ほれ、と言って僕の顔に近づけることがありました。当時から僕は虫好きでしたが、そのころはまだ蝉にちょっとした抵抗感というか恐怖感があり、近づけられるたびに顔をのけ反らせていました。アブラゼミの顔やカラーリングが異質と感じたからだと思います。祖父にはその反応が面白かったのでしょう。さらにひやかそうと、「蟲助、蝉はな、食べられるんだぞ。じいちゃん知っとるんだけどな、アブラゼミはな、焼いて腹を食べるとピーナッツの味がするんだ」と言ってきました。そうです。これこそが僕の昆虫食の原体験なんです(結局、祖父がアブラゼミを食べたことあるのかどうかはわからずじまいです)。このとき、僕はこんな見た目のもの食べるなんて、と思うと同時に、虫って食べられるのか、とも思いました。この経験は振り返ってみると、自分にとって大きかったんだなと思います。昆虫食に目覚めた時も、蝉が美味しく食えるのだ、いわんや他の虫をや、といった考えだったぐらいですし。

さて、そのような幼少の思い出があってからなのですが、小学校、中学校、高校と一切虫を食べようとは思わずに生きてきました。

本にはまり、ゲームにはまり、頭の片隅ぐらいにしか虫への関心はありませんでした。小学校中学校をなんとなくで過ごし、高校では部活(ラグビー)と気晴らしのゲームに明け暮れ、将来の夢も不確かなまま堕落しきることになりました。元来の面倒くさがりな性分と相まり、いとも簡単に学年の最底辺レベルへと沈殿しました。

浪人を前提として受験し、卒業式では首尾よく進学する同窓を見送って晴れて(?)浪人生。塾に入り、次第にゲームに飽き、近所のスーパーでスリランカ人と一日の友好を築き、久しぶりに好きな小説や生物の本を読み……。

そして、転機が訪れました。

 

2.浪人、運命の出会いをする。

浪人してしばらく、6月の頃。久しぶりにエヴァンゲリオンを観た僕は、劇中の第五使徒?(ラミエル)をめちゃくちゃ美しいな、と感じるようになっていました。数学は嫌いだったのですが、使徒の姿である正八面体、およびその変形した姿がたまらなく美しく思えて仕方がありませんでした。

そうして幾何学の美しさを初めて感得した後、バクテリオファージの姿を見ていて、自然に数学的な美しさがあふれていることに気が付きました。そもそもバクテリオファージがすごい。キャプシドが正二十面体で、6本の足があって、注射器の如くして大腸菌に感染する。その姿の美しさたるや、言葉では表しきれないほど。まさしく機能美の最高峰の一つではなかろうか。もちろん、ファージだけではない。ノロウイルスだって正二十面体のキャプシドだ。ハチの巣は正六角形だ。虫の脚は6本だ。ミクロの世界には三角形が溢れている……。

それからというものの、僕の勉強への熱は高まり、よく問題を解き、よく本を読むようになりました。本当に、この悟りがあってよかった。なかったら、きっと僕は今でも前進できないまま適当で生きていたと思います。

春も夏も塾や図書館に通い、季節は秋へと移ろう。そんな秋の日に、僕は運命的な出会いをしました。

いつものように図書館に行っては自習室で勉強をする。疲れたらいったん休んで、階下の本屋やコンビニを見て回ったり、図書館を探索してみたりする。その過程で、僕は見つけてしまいました。図書館の新書コーナー、その自然科学系の分類のなかで異彩を放つタイトルを見つけてしまいました。その本こそが、洋泉社出版、水野壮氏監修の「昆虫を食べる!」です。

f:id:Mushikui:20190407002248j:plain

僕の人生を変えた本!

タイトルに惹かれ、パラパラ、と中身を読む。1ページ、また1ページ。本をめくる手が止まらない。途中まで読んで確信しました。欲しい! 熱烈に欲しい! この本を我が手におさめたい!

調べたところ、2018年の秋時点で既に絶版だったのですが、その日のうちにアマゾンやメルカリで探し、即購入しました。この衝動が、僕の人生を変えたのです。

秋の夜長、勉強の休憩でニヤニヤしながら読んでいました。もし虫嫌いの母が部屋に入ってきて出くわしてたら、きっと母は僕を異端の目で見たに違いないでしょう。我ながら気味悪く思うほどですから。

この時点では僕の志望学部は生物・農学系とはまったく別なものでしたが、大学生になったら昆虫を食べようと思っておりました。

日に日に高まる昆虫への興味はついに危険な領域に突入する。

 

3.センター2週間前、決断する

思考が昆虫色に染まって間もなく、センター対策が始まりました。毎日机にむかってはセンター試験の過去問を解く日々。苦戦の日々が続き、気づけばもう大晦日を迎えていました。一人早々に食事を切り上げ、過去問や参考書、問題集に触れ続ける。夜遅くなって除夜の鐘を撞きに行けば、帰りには正月を迎える。三が日が過ぎ、いよいよセンター2週間前。受験校を父親と話し合っていて、そこで半ば無意識に決断していました。自分はやはり、生物が好きだ。今興味あるのが昆虫の食料利用であり、昆虫や環境にまつわるところに進学したい。今まで確固たる目標のなかった自分ですが、そこでようやく、自らの真にやりたいことを見つけ、焦点を定めることができました。

最初の志望は、前述の本を監修した水野壮氏が在籍されていた筑波大学大学院に行きたかったので、筑波大学となりました。

が、ここで問題が発生しました。センター試験が近づくにつれ全然眠れない。緊張と不安でケアレスミスを頻発する。生活リズムがまたおかしくなる……。そう、今までは何となくでやってきて、しかもそれで高校受験も乗り越えてしまったがために、気が付かなかったのです。自分が実は本番に弱いタイプの人間であることに。

気づくのがあまりに遅すぎました。結局、本番で大きなミスをしてしまい、筑波大学の目安の得点に達せず。泣く泣く、志望を変えました。

前期では家から結構近く、狙えるレベルだったので鄙びていそうな岐阜大学

後期では、ちょっと遠いがいかにも昆虫にあふれてそうな信州大学

筑波も岐阜も信州も、大学のブランドというよりはむしろ研究環境や自然環境を重視して決めました。大学に受かる前から、すでに研究したくて仕方なかったわけです。

その他私立もいくらか受けたのですが、いずれも志望学部を変えるのが遅すぎたために今では行く気のない学部への受験となっており、受かったところ、落ちたところ問わずあまり行く気はありませんでした。尤も、私立受験でもミスを頻発してしまい、当時はとてもそんな贅沢を言っていられる状況ではなかったのですが。

 

4.受験シーズン。昆虫食デビュー

そんなこんなでなんとか受験校が決まり、受験シーズン。受験する私立大学のうちの一つは都内での受験であり、上京する必要がありました。

ここで、無計画な自分の奔放さが本領を発揮。以前ツイッターのフォロワーさんと今度「米とサーカス」

miyashitakikaku.com

というジビエや昆虫を提供する料理屋に同伴させていただくという話をしたことがあり、それを今実行せん、と考えたのです。まったく、我ながら無鉄砲に過ぎます。フォロワーさんにお尋ねした結果、快諾。首尾が良すぎる。その結果、受験前日にして米とサーカスに連れて行ってもらうことに。まさか受験前日に昆虫食デビューを果たすとは。これほどわくわくした経験は近年ではあまりない、それほどに印象深いイベントでした。

受験前日の夜、さっそく米とサーカスに訪れた僕は「サソリのねぎま」と「昆虫六種盛り」(イナゴ、蚕の蛹、ハチの子、ケラ、コガネムシ、タイワンタガメ)を頼むことに。

運ばれてくる未知。早まる鼓動。

まず先に来たのは、サソリ。

f:id:Mushikui:20190407010944j:plain

小型のサソリ。ねぎを食べた後に撮影しました。

小型とは言ったものの、よくよく考えれば結構大きいです。つやつやと油で照る殻はいかにも虫っぽい雰囲気を醸し出しています。が、意を決してまずは可愛らしいはさみに食らいつく。ばり、ぼり、と口内で音を立てて殻が砕ける。なるほど、その風味は確かにエビの殻だ。美味い。殻の味を堪能した後は、見るからに肉や内臓の詰まってそうな腹部を頂く。美味いのだろう。ぱくりと一口で食べる。噛み締めたとたん、口腔に漢方のようなにおいが立ち込める。いかにも漢方らしい、そんな風味がしっとりした肉や内臓を噛むたびに広がるのだ。タランチュラなんかは美味しいと聞いたのに……。ウーロン茶を飲みつつ、ちょっとだけがっかりしました。同伴してくれた方が以前食べたときはかなり苦かったと仰りましたが、僕が食べた個体は苦みはそこそこ、渋みや酸味がきつい印象でした。おそらく、サソリの毒(ペプチドであり、高熱調理で失活している)の量やコンディション、摂取した食物の消化具合(絶食が短いと腸内に食物がのこり、苦い消化液が多くなる)等がまちまちだったがゆえの違いであると推測します。

しばらく経って運ばれてきました、昆虫六種。皿の上にかわいい虫たちが並んでいます。

f:id:Mushikui:20190407011937j:plain

右上から時計回りに、イナゴ、ケラ、蚕の蛹、ハチの子(クロスズメバチ)、タイワンタガメ(オス)、コガネムシ

イナゴやハチの子は噂通りの絶品。エビや小魚のようなイナゴ、ウナギのような濃厚なうまみを醸し出すハチの子。自然に顔が緩んでしまいます。蚕の蛹は予備知識にある通り、食性(桑の葉)と不飽和脂肪酸の酸化による独特の香りが噛み締めた後から感ぜられますが、その身自体の味は美味しいです。やはり、肉であることに違いはないのです。ケラとコガネムシは素揚げでの提供であり、ケラに関してはまさしく柔らかいエビの殻の素揚げといったところで、塩だけでスナック感覚で美味しくいただけました。コガネムシに関しては、前翅がやや硬く、腹部の肉からは花粉のような、土のような、独特のにおいが感じられました。単体ではさほどまずくもないのですが、ウーロン茶とコガネムシ素揚げとの組み合わせは不味かったですね。コガネムシのかおりとウーロン茶のかおり、それぞれが巧妙にまじりあい、口内はさながら動物園でした。鹿や馬なんかの哺乳類の区画、獣の体臭と餌とフンとがまじりあったような……そんな臭気が鼻をつんざきました。思わぬかおりのメタモルフォーゼには驚くばかりでした。そして、かおりと言えばタイワンタガメは外せません。オスが臭腺から分泌する性フェロモンはなんと、洋ナシのような、青りんごのような、そんないい香りがするんです。視覚が発達し嗅覚の衰えた人間でさえが、フェロモンを感ぜられるのです。たまらなく面白くないですか。塩ゆでのタガメの胸部を解剖し、胸に詰まった薄緑色の肉を箸でつまみ、口に入れる。途端、強烈に過ぎるほどの芳香。口から際限なくかおる洋ナシ。あのときの感動は忘れようにも忘れられません。ちっぽけな肉を食べているのに、果物の香りが充満する。あの衝撃は凄まじかった。

……と、昆虫を我が身で堪能し、以て昆虫には食材足り得るポテンシャルが十分ある、と確信しました。翌日の試験は落ちました。

 

5.国立受験。崖っぷち

さて、私大受験が終わると次は国立が待ち構えています。

日々本命の受験に備え、勉強を重ねる。旧友と会い、共に勉強する。

そうして、岐大受験の2日前。またまたとんでもない問題を起こしました。センター試験の受験票が見当たらないのです。うっすらと覚えがありました。確か、いらない紙もろとも捨ててしまった……。急いでセンター試験の冊子を調べ、当日は仮受験票発行、後日センター試験受験票再発行という形で落ち着きました。が、災難はそれだけに留まらず、風邪をひいてしまいました。体調は十分に気を付けていたにも関わらず。当時は花粉症に数年ぶりになったのだと思っていましたが、前期の後は急速に回復。思い返してみると、間違いなく風邪でした。

結局、体調不良はおろか不意の分野の出題もあり、合格する自信があったにも関わらず、試験会場からの帰りは合格か否かは五部五部かな、と意気消沈していました。やはり、本番に弱かったんですね。帰ってから食べたカップ麺の北極ブラックはやたらとしょっぱく、身に沁みたのを覚えています。

しばらくの後、合格発表日。合格かどうか怪しい、その予想は狙いを過たずして、辛くも落ちてしまいました。

これで、希望の分野に転部等なしに行ける可能性は後期のみとなりました。その緊張ったらありゃしません。絶望と不安が渦巻く。

とにかくやれることをやって日々を過ごし、ついに後期受験は迫ってきました。

長野行きの新幹線が倒木で直通が運休、迂回しなければならない事態があったり、試験前日にほとんど寝れなかったりとなおも災難は続きましたが、どうにもこうにも迫りくるのが試験。

ぼーっとする頭でホテルから上田キャンパスへ向かい、指定の教室へ。お気に入りの音楽を聴き、コーヒーを飲み、極力集中する。説明が始まり、問題用紙が配られ、試験開始の合図を待つ……。

試験終了時、僕は確信していました。合格を、ついにもぎ取ったと。真面目になるのが遅すぎた自分ですが、ぎりぎりの瀬戸際で勝利の女神のほほえみを受けたと。

この予想もまた狙い外さず、なんとか、なんとか浪人生を卒業できました。

そして迎えた春。

 

6.信州大学で、かえって良かった

(自らが招いた)諸々の困難を乗り越え、晴れて大学生に。

当初、僕は大学進学後は我が一人の身をもって仲間を集め、昆虫食サークルを作ろうと画策しておりました。

しかし、頑張り始めた者へのビギナーズラックというべきか。同じ学科に、昆虫食についてまさしく軌を一にする同志がいたのです。その嬉しさたるや。彼女とはすぐに意気投合し、今では当初考えていたようなサークルの実現もかなり現実味を帯びてきました。まさにこの偶然には感謝しかしようがありません。

ありがとう、運命。

 

さて、非常に長くなってしまいましたが、以上が僕の自己紹介、というか生い立ち、経緯の紹介でした。脱線を度々挟んでしまい、誠に恐縮です。

最後の方に書きましたように、現在僕は信州大学での昆虫食サークル(というよりかは、あるサークルの活動を昆虫食にまで広める)実現に向け、日々邁進しております。

見事達成した暁には、昆虫食の実践および情報発信に益々力を注いでいきたく思っております。

その際には活動等を記事として掲載していくと思いますので、是非ご一読していただければ、と思っております。

 

長文となってしまいましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。

心よりお礼申し上げます。

 

それではまた、記事を通じてお会いできることを祈って、記事の終わりとさせていただきます。