蟲食べる日々

昆虫食を中心に記事を書いていきます。

なんで勉強するのか、ふと考えた

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 どうも、蟲助です。師走の頃、皆さんいかがお過ごしでしょうか。僕はと言えば、せっついていたレポートや課題がようやく解消でき、無事年末年始を迎えられそうです。

 

 さて、今回の記事ですが、タイトル通り。冬休みを目前に、ちょっと勉強について思いを巡らせたものです。

 皆さん、勉強していますでしょうか? まあ、勉強って言っても特段面白い、と感じる人はそういないでしょう。僕もそうです。ほとんどの事柄については学ぼうにもろくすっぽ面白さを感じられません。せいぜい、なんかすごいな、なんか役立ちそうだな、と自分が学んでいることなのに他人事かのように感じられるぐらいです。

 もっとも、大学生たる今は基本的に学びたいことを学べる立場にある上、受験の失敗から教訓を、というか半ばトラウマ化していることもあり、わりあい勉強を続けていたりします。飽きっぽい自分ですが、最近はコツコツと勉強を続けられているので、進歩しているな、と最近思ったり思わなかったり。

 それでなんですが、なんで我々は勉強するのでしょうか。勉強することで、どうなるのでしょうか。そんな疑問はやはり尽きないわけなんですね。

 

 なぜ勉強するのか。よく、勉強すれば視野が広がって将来やりたいことが云々、とあります。しかし、個人的には視野を広げるというよりはむしろ、視野をより鮮明にする――すなわち、解像度を上げる――ことこそが勉強の効能ではないかと思うのです。一口に勉強と言ってもその様はまさに十人十色で、まあまんべんなく初歩を学んでみたり、あるいは好みのテーマをひたすら突き詰めてみたり。前者の場合は確かに勉強によって視野を広げるという言葉は当てはまりますが、後者についてはなかなか当てはまらないと思います。現に就活で考えてみると、決して必須ではない資格でも持っているとその熱意を買われてメリットになることもありますが、研究の道に進むとむしろ就職は難しくなり、勉強面で評価はされないことがままある……(と、聞きます。僕はまだ就活していないので、これがおしなべて当てはまるのかは判断しかねます……)。どうも、視野を広げるから役に立つ、というのはオールマイティへの信仰の現れなのではないかと思ってしまいます。

 実際問題としては、オールマイティに物事に取り組める人はほとんどいないんじゃないでしょうか。よくて器用貧乏、ではないか。僕なんかは更に不器用で、得意不得意はかなりはっきりしているし、そもそも得意なことでもさして秀でていない有様です。そうした中で、では勉強は本当に視野を広げるためなのか?と考えると、個人的にはむしろ、勉強は視野の解像度を上げるためにあるのだと思えてならないのです。専念して新たな知識や考え方を身に着け、その結果世界の見方が変わる。勉強して成長し、力を身に着けるってのはそういうことだと思います。

 

 ただ、解像度を上げるというとピントを絞るような感じで、あたかも視界を狭めてしまうような印象が出かねないでしょう。そこで、僕としてはそもそも視界は複眼的だ、という考えを導入したい。言語学、数学、生物学……と学問の数だけ眼があり、学んでいない頃はそれらの視界は不鮮明。しかし、分からないなりに世界の全体像は捉えている。そこから勉強していくことで、対応する眼の解像度が上がり、結果として世界に対する視界の解像度が上がる……と、個人的には思うのです。

 ようは、視界は単眼だと思い込んでいるとついつい勉強は視野を広げてくれるためにあると思いがちだけど、複眼だと思えばまるで違う。勉強はむしろ、専念することで結果的に視界をクリアにするという性質を帯びている、と主張したいわけです。

 少なくとも、僕自身は大学に来てから生物学を学びはじめ、日々解像度が上がっているんじゃないか、と感じております。以前は全く興味もなかった木々も名前や特徴を知ると興味深く映るし、動いているだけでさえ筋肉がどう動いているだとか脳がどう認知しているだとかふと考えることがあります。昆虫を食べ始めてからは、味に対する解像度も上がりましたね。以前より節足動物が虫っぽく感じられてきました。

   また、セレンディピティという言葉も最近よく聞きます。その説明に際しては、曰く努力あってこそ、偶然の発見のような幸運はやってくる、と。まさに、かのパスツール箴言「幸運は用意された心のみに宿る」ですね。これもつまりは、勉強することで解像度が上がれば普段では見えなかったことが「偶然の発見」として見えるようになるということではないかと思います。どうにもこうにも、勉強は重要だということでしょうか。

 

 さて、以上のように主張してきたわけですが。勉強に絶対の正解はないでしょうし、この考え方も単なる僕の思い付き、というかこだわりに過ぎません。もし、なんとなくいいなと思った方がいらっしゃれば、参考にでもなれればいいな、という思いです。

 

 というわけで、今回は勉強に関するちょっとした思索でした。個人的にはわかりやすくなるよう努めたつもりですが、いかがでしたでしょうか。楽しんでいただけたなら幸いです。

 ここまでお読みいただきありがとうございました。それでは、また次の記事で。